タイトルのとおり、この夏に2か月かけてポーランドから日本まで帰ったときの記録です。
僕は2022年4月からポーランドのワルシャワで生活をしていましたが、2023年の7月に現地での仕事が一旦落ち着いたので一度日本に帰国することにしました。
ただ時間もあったので飛行機でパッと帰国してしまうのはもったいないし、ちょうど8月にイランでバレーボールの大会の取材に行くことは決めていたので、旅行しながらイラン経由で帰国をすることに決めました。
実はもともと母国の日本と第二の母国であるポーランド(留学時代も合わせると計2年以上住んだ)をできる限り陸路で旅することが夢でした。
理想としては以下のようなルートです。
ポーランド→スロバキア→ハンガリー→ルーマニア→ブルガリア→トルコ→イラン→トルクメニスタン→ウズベキスタン→タジキスタン→キルギス→ウズベキスタン→中国→日本
いわゆるシルクロードを渡って東に進んで行くような感じです。ロマンです(笑)。
しかしなんやかんやあった結果、実際には以下のようなルートになりました.
ポーランド→(キプロス)→エジプト→トルコ→イラン→アルメニア→アラブ首長国連邦→キルギス→カザフスタン→ウズベキスタン→タジキスタン→(カザフスタン)→(韓国)→日本
※()は空港のみ利用
飛行機乗りまくりでした(笑)。
まずビザの関係でスロバキアとハンガリーには入国できず、さらにポーランドからルーマニアへはLCC(格安航空会社)が就航しておらず航空券が高いのでこれもナシ。そしてブルガリアとトルコには以前に行ったことがあったので、「じゃあイランからでいいや」ということでひとまず陸路旅はイランからやることを決めます。
イラン以降の旅程がなぜこうなってしまったかは後ほど書きます(笑)。だた中国の観光ビザの取得がとても時間がかかり難しいことは事前にわかっていたので、中国への渡航は早々に諦めました。
またイランで行われるバレーボールの大会は8月下旬だったので、それまでの2、3週間が余ります。そこで元々行ってみたかったエジプトにその時間を使って行ってみることにしました。
エジプトの遺跡、特にピラミッドはやはり誰もが一度は行ってみたいと思う観光地でしょうし、また遊戯王世代ど真ん中の僕にとっては聖地とも言える場所です(笑)。
それとエジプトのシナイ半島にあるダハブは美しい紅海でスキューバダイビングのライセンスが安く取れる場所として有名です。前からスキューバダイビングにも興味があったので、これを気に古代エジプト遺跡観光とダイビングライセンス取得を一緒にやっちゃおう!ということでエジプト行きを決めました。
ヨーロッパからだと北アフリカは近いですしね。
荷物は節約と移動が楽という観点から飛行機で機内持ち込みできる範囲に収めることとしました。服は4日分を着まわしていました。流石に靴下は旅が終わるころにはすべてに穴が空いていました。
ということでワルシャワのランドマークである文化科学宮殿にお別れを告げます。
ちなみにこの建物は共産主義時代にソ連のスターリンから贈られたものであるため、ワルシャワ市民は複雑な感情を抱いています(笑)。
また今回のサムネはワルシャワ空港でばったり会った元バレーボールポーランド代表キャプテンのミハウ・クビアク氏。日本のクラブで長年プレーしていた選手で、なんだかんだでポーランドで会ったのは初めてでした。
この日の彼の機嫌はとてもよかったです(笑)。