コラム

なぜアルゼンチンは王者ブラジルに勝てたのか-東京オリンピック男子バレー3位決定戦解説

2021年8月9日

時代が変わりました。東京オリンピック男子バレー3位決定戦において世界ランキング6位のアルゼンチンが、世界ランキング1位で前回王者のブラジルを3:2(25-23, 20-25, 20-25, 25-17, 15-13)の末に破り銅メダルを獲得しました。逆にブラジルは2000年のシドニー五輪以来5大会ぶりにオリンピックのメダルを逃しました。高さや選手層で劣るアルゼンチンは、どのようにして王者ブラジルを下したのでしょうか?これが分かれば、同じく高さで世界に劣る日本代表の今後の方向性も見えてくるのではないかと思います。というわけで今回はその勝利のポイントについて解説します!

結論から述べると、現代バレーの当たり前の徹底がアルゼンチン勝利の大きな要因となっていました。ではその当たり前とは何だったのでしょうか。今回は大きく4つの項目に分けて説明していきます。

各チームのスタメンと身長

試合の解説の前に両チームのスタメンと身長をおさらいしておきましょう。

アルゼンチン

アウトサイドヒッター(OH):7コンテ(197cm)、13パラシオス(198cm)
ミドルブロッカー(MB):9ロセル(193cm)、11ソレ(200cm)
オポジット(OP):12リマ(198cm)
セッター:15デチェッコ(191cm)
リベロ:9ダナニ(176cm)

平均身長(リベロ以外):196.1cm

ブラジル

アウトサイドヒッター(OH):9レアル(202cm)、18ルカレッリ(196cm)
ミドルブロッカー(MB):13ソウザ(209cm)、16ルーカス(209cm)
オポジット(OP):8ウォレス(198cm)
セッター:1ブルーノ(190cm)
リベロ:17タレス(190cm)

平均身長(リベロ以外):200.6cm

 

平均身長はブラジルの方が4.5cmだけ高いですが、ミドルだけでみると平均10cm以上の差が見られます。ブロックの高さとしてはブラジルに分があったと言えそうです。またブラジルはスタメン全員がブラジルやイタリアのトップクラブでプレーしているのに対し、アルゼンチンは決してトップレベルとは言えないフランスリーグでプレーする選手が半数近くいました。選手個人の経験値もブラジルの方が大きいと言っていいでしょう。

では次にこの体格・経験値ともに劣るアルゼンチンの勝因について項目ごとに解説していきます。

①サーブをリベロに打たない

アルゼンチンは相手リベロにサーブレシーブさせないことを徹底していました。リベロがサーブレシーブをしてしまうとサーブレシーブ返球率が上がることはもちろん、他のスパイカー4人がいい形で助走に入って攻撃を展開することができるので、ディフェンス側は攻撃を絞りにくくより不利な状況に追い込まれます。したがってサーブは基本リベロを狙わないことが鉄則です。

アルゼンチンはジャンプサーブが4人、ジャンプフローターとハイブリッドサーブが1人ずつのサーブ構成でしたが、基本OHコンテとOPリマ以外はジャンプサーバーでも少し緩めのコンロトールサーブを打って、エースではなくリベロに触らせないサーブを徹底していました。また半数くらいはコンテとリマもパワーサーブではなくコントロールサーブを打っていたように思います。ただやはりコントロールがうまくいかなかったり、相手リベロのタレスにうまくカバーされたりしてサーブを触られてしまうケースはさけられず、その本数が多かったセットは実際にブラジルに奪われています。アルゼンチンが奪った1, 4, 5セット目の全サーブレシーブに占めるブラジルリベロの受球率は11.7%だったのに対し、ブラジルが取った2, 3セットは29.0%もタレスにサーブを取られています。

このサーブレシーブでリベロに仕事をさせないことは、相手のサーブレシーブ全体の成功率を下げること以上に重要になっています。相手の攻撃枚数を減らす、もしくは十分な助走を取らせないことがブレイクチャンスに大きく繋がるからです。

②徹底したリードブロック

この試合を象徴したのがアルゼンチンのブロックでした。この試合のブロック得点は、ブラジルが10本だったのに対し、アルゼンチンは何と17本。特にアルゼンチンの両ミドルブロッカーのパフォーマンスが素晴らしく、ロセルなんかは驚異の1試合7本のブロックポイントをたたき出しました。ミドルの高さでは圧倒的に不利でその中でも小さい193cm(実際はもう数センチはありそうですが)のロセルがどうしてこのようにブロックポイントを量産できたのでしょうか。それは徹底されたリードブロックにありました。

漫画のハイキュー!!でも取り上げられて、今やすっかりおなじみになったリードブロックですが、これを本当に徹底しているチームというのはトップレベルにおいてもそれほど多くはありません。特にAパスを返されかつ打数の多いクイッカーが前衛にいるときなどにはコミットブロックで対応してしまうミドルを多く見かけます。3位決定戦のブラジルも、Bパスであってもアルゼンチンがクイックを多用するチームであることから相手ミドルの動きに反応してしまい、サイドに対するブロックを1枚ないし1.5枚にしてしまうケースが少なからずありました。しかしアルゼンチンのミドルは、たとえAパスで相手の前衛に打数の多いMBルーカスがいたとしてもリードブロックを貫いていました。確かに序盤こそルーカスの決定率はほぼ100%近かったですが、そこであせらず我慢できたからこそ4セット目にブロック祭りを浴びせることができました。MBロセルが試合後のインタビューで「僕の7本のブロックの鍵は忍耐力でした」と語っていることからもその姿勢が裏付けられます。またミドルに対してだけではなく、リードブロックで相手クイックに振られなかったからこそ相手のサイド攻撃に対しても常に2枚以上のブロックで対応でき、それが1セット目に相手エースのレアルを早々と退場させることにも繋がりました。

ハイキュー!!の中で音駒高校キャプテンの黒尾が「リードブロックは我慢と粘りのブロックであると同時に最後に咲(わら)うブロックだ」と言っていましたが、この試合は正にこの言葉を象徴する試合となりました。

③Bパスでも決める高火力ミドル!

またミドルの話になってしまうのですが、アルゼンチンのミドルは前述のブロックだけでなく、スパイクにおいてもものすごく存在感を示していました。アルゼンチンは、ロセルが打数12本で効果率58.33%、対角のソレが打数14本で効果率57.14%、2人で26本打って57.73%と驚異的な数字でした。ロセルとソレのスパイクはジャンプの踏切位置とヒットポイントをずらしたりしてコースに幅を持たせ、かつ足の長いスパイクを打っていたのでブラジルはこの2人の攻撃をなかなか仕留めることができませんでした。またこの高い効果率に加えて、多少パスが乱れても助走に入って実際にトスも上がってくるので、ブラジルブロッカーは多くの場面でアルゼンチンのクイックを切り捨てることができず、その結果サイドへのブロックが遅れるという場面がよく見られました。ブラジルのミドルも、ルーカスは19本と打数も多く効果率も52.63%と高かったのですが、対角のマウリシオが打数9本で効果率22.22%と調子が振るいませんでした。

このようにBパスからでも高い決定力を誇る高火力ミドルブロッカーの存在が近年では勝敗を大きく左右するようになってきています。しかしそのためには必ずしも210cm前後の選手が必要かというとそうではなく、アルゼンチンのように200㎝前後、190㎝半ばのミドルであっても世界と十分戦えるのです。このポイントは以前の記事でも紹介したとおり日本代表にとっても大きな課題でありますが、アルゼンチンのミドルブロッカーはその良いお手本になること間違いなしです。

④アウトオブシステム時の決定力

ブラジルの強力なジャンプサーブに対して、アルゼンチンも日本がやったように高く上げてまず直接失点を防いでいました。そうしてクイックが使えなくなる場面でも、アルゼンチンには決定力がありました。これまでの試合では、OHコンテとOPリマが半々くらいでハイセットを処理していた印象ですが、この試合は不調のリマの分までコンテが獅子奮迅の活躍を見せていました。この日のコンテは難しいハイセットを何本も決めていました。このコンテの覚醒はアルゼンチンにとってとても大きなファクターになったと思います。ハイセットの場面に限らず、この日の彼のプレーは闘志に溢れて、その気迫が画面越しにも伝わってきました。おそらくこの日がコンテの今大会のベストパフォーマンスだったと思います。これ以前にアルゼンチンがオリンピックでメダルを取ったのが、1988年ソウルオリンピックの銅。このときのメンバーにはコンテの父ウーゴ・コンテもいて、その父はアルゼンチンのテレビのコメンテーターとして会場にもいました。チームのため、そして父のためにも絶対にメダルを取るという気持ちが彼を奮い立たせたのでしょう。いずれにせよ、この31歳ベテランの奮起により、アルゼンチンはサーブレシーブが乱れてもなんとかサイドアウトを切ることができ、アルゼンチンの勝利を大きく手繰り寄せました。

相手のサーブを100%Bパス以上で返すことはほとんど不可能で、かならずハイセットを打たなければいけない場面があります。そのときにどれだけ高い決定力をだせるかというのは非常に重要です。インシステム(4枚攻撃ができる状況)時の決定率は高いのに、アウトオブシステム時の決定率が低くて試合に負けるということは決して珍しいことではありません。

まとめ

以上、東京オリンピックの3位決定戦でアルゼンチンがブラジルに勝った要因として、4つのポイントを上げました。

  1. サーブをリベロに打たない
  2. 徹底したリードブロック
  3. Bパスでも決める高火力ミドル!
  4. アウトオブシステム時の決定力

もちろんこの他にも、セッターデセッコ、リベロダナニの存在や、4セット目でコンテとパラシオスの位置を入れ替えたりなどいろいろなポイントはありましたが、当たり前のポイントという意味でいくとこの4点が大きかったのではないかと思います。

当然ながらブラジルもこれらの要素を持ち合わせていました。だからこそフルセットになったのだと思います。ただしブラジルは我慢ができませんでした。ちょっとコミットブロックしてしまったり、ちょっとスパイクの通過点を低くしてブロックされてしまったり、このような僅かなミスの差が勝敗を分けたと思います。特に第4セット序盤でブラジルのルカレッリがアルゼンチンのデチェッコのつま先を踏んでプレーが止まったことがありましたが、そこから動揺したのかルカレッリがスパイクを3本連続ミスしてアルゼンチンが大きく流れをつかんだ場面がありました。こうしたメンタルのわずかな動きもプレーに大きく影響します。トップレベル同士の試合は本当に我慢比べです。我慢を重ねた先にサービスエースやブロックポイントが出てくれて、そのチャンスをつかんだチームが試合に勝てるのだと思います。

現代の男子バレーは戦術が進化して、ひと昔前と比べると本当にラリーが続くようになりました。場合によっては女子よりもラリーが続いているのではないでしょうか。東京オリンピックのアルゼンチンチームは本当に忍耐強く、「当たり前のバレー」を貫き、予選ではフランスとアメリカ、トーナメントではイタリアとブラジルという格上相手勝利し、見事に銅メダルを獲得しました。このチームは日本代表にとっても今後の方向性を示してくれるロールモデルとなるチームだと思います。メンデス監督はじめスタッフ、選手たちは本当に尊敬します。2メートルの選手がそろっていなくても世界と戦えることを示してくれたアルゼンチンチームに、心から感謝と祝福を送ります!

アルゼンチンおめでとう!!!!!

フュージョンするポグラヘン

写真:FIVB

 

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