コラム

東京五輪メンバーに12名対する思いを語る④【オポジット編】

2021年7月3日

7月になりましたね。今回はオポジット編です。

#1 清水邦弘

清水をはじめて見たのは代表デビューを飾った2007年のワールドカップ。その年のワールドリーグから試合に出場していて大学生ながら大活躍したというのを雑誌などで耳にしていたので、その姿をこの目で確かめるのを楽しみにしていました。そして始まったワールドカップ。当時は前年の自国開催の世界選手権で男子代表が久々のベスト8入りを果たして盛り上がっていたころでした。その中でたしか初戦からスタメンで出場して活躍してましたね。大学生離れした体格、パワー、空中で止まっているかのようなジャンプ、キレイなフォーム。スパイクも面白いように決まる。当時同じく日本代表のオポジットだった2mの山本と比べると身長は7cmも低かったですけど、その小ささをまったく感じさせないダイナミックなプレーをしていました。凄かったです。山本がいなくなっても清水がいれば大丈夫と素直に思いました。実際どちらが出ても遜色ないパフォーマンスでしたから。「怪物ゴリ」のデビュー時の印象はそんな感じでした。それから北京五輪最終予選でも活躍して16年ぶりのオリンピック出場に貢献。そのまま北京でもプレーしました。その翌年のグラチャンも当時21歳だったクレク率いるポーランドに金星を挙げて銅メダルを獲得するとともに自身もベストスコアラーを獲得。同級生の福澤もベストスパイカーを獲得して正に清水・福澤時代の到来を予感させました。

でも現実はそんなに甘くなかったですね。清水がVリーグで最高殊勲選手賞を手にしたりベスト6を毎年のように受賞したり選手として円熟していく傍ら、日本代表は再び暗黒時代を迎えていました。はっきり言ってこの2010年から2014年くらいまでの日本代表はほんとうにつまらなかったです。唯一わくわくして見れたのは米山(東レ)くらいで、本当に応援する気になれなかったですね。清水も福澤と共にサーブはミスが多いし、スパイクも力任せに売って相手ブロックにシャットアウトされる印象が強く、以前のような輝きは見られませんでした。次なる希望の時代になるはずだった「清水・福澤時代」は、少なくとも僕の中では「暗黒時代」と同義になってしまい、清水の印象もネガティブなものに変わってしまっていました。

そんな中迎えた2015年のワールドカップ。石川・柳田フィーバーも凄かったですが、清水も世界の強豪相手に生まれ変わったくらい素晴らしい活躍を見せてくれました。それまで文字通りパワーでゴリ押しして失点してしまう印象でしたが、この大会くらいから無理に強打に行くのではなく、軟打やコントロールショットをうまく使って得点を重ねたり、ラリーを有利に持ち込んだりするプレーが目立ってきました。それはサーブも同様で、やや力を抜いて確実にコースを攻めるサーブはかなり効果的でした。ここに今に通じる「テクニカルゴリ」の誕生を見ました(笑)。これはまたゴリという選手を好きになれたという意味でとても嬉しかったことを覚えています。

それから大怪我に見舞われ、その間に代表スタメンの座を次世代の怪物西田に明け渡すことになりましたが、奇跡の復活を遂げ、34歳となった今でも日本のトップオポジットであることに変わりはありません。流石にフィジカル的な全盛期に比べるとジャンプが低くなったような印象は受けますが、それを補う技量で西田不在のVNL2021でも活躍してくれました。まだ日本になくてはならない存在であることは間違いないです。今の清水は北京オリンピックのときにキャプテンだった清水の高校の先輩でもある荻野の姿ともどこか重なるところがありますね。

あとやっぱりこの人はインタビュー映像とか見ても、外見はごっついのにいい人感がにじみ出てますよね(笑)。有明アリーナでも暴れるゴリを、そして笑顔のゴリを見届けたいと思います。

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