西田くん

Photo by FIVB

今回のワールドカップで最も輝きを放った選手のひとり、それが西田有志19歳である。ベストスコアラーランキング第3位(174得点)、ベストアタッカーランキング第5位(決定率55.38%)、そしてベストサーバーランキングでは他を寄せつけずぶっちぎりの1位(1セット平均0.69本)の堂々たる活躍で大会ベストオポジットにも選出された。身長186cmとバレーボール選手としてはかなり小柄な彼がこの短期間にここまでの選手になろうとはいったい誰が予想しただろうか。彼がバレー界で一躍有名になったのは現役高校生内定選手だったVプレミアリーグ2017/18での大活躍からであろうが、僕は実はその前から彼を知っていた。

それは2017年2月。当時大阪にいた僕は全日本ジュニアオールスタードリームマッチを見に来ていた。この大会は毎年春高バレー後に高校2年生以下の有望選手を集めて行われているもので、その時ひときわ輝きを放っていた選手がいた。それが海星高校2年生(当時)の西田くんだった。

スパイクを放つ西田くん(筆者撮影)

このときからオポジットに入っていたわけだが、しなやかなフォームから繰り出されるスパイクとサーブは他を圧倒していて「こいつはヤベえ」と思った。周りの選手たちも有望な子たちばかりだっただろうが、西田くんだけレベルが違った。少なくとも僕にはそう見えた。もう彼しか目に入らなかった。こいつは近々来ると思った。そしてその予想は見事に的中し、西田くんは同年3月から行われたアジアユース選手権の代表に選ばれたわけだが、同大会ではオポジットの控えに甘んじた。当時、1つ上の学年の早生まれ組に同じ左利きで当時鎮西高校3年(現早稲田大3年)の宮浦健人がおり、上層部の評価では彼のほうが上だった。僕は西田くんがレシーブも得意であることも知っていたのでアウトサイドででも出してくれればいいのにと思っていたが、アウトサイドのスタメンも東福岡の佐伯(現筑波大2年)と洛南の大塚(現早稲田大1年)という同級生と下級生に取られていた(しかも佐伯は先述のドリームマッチで見かけたときは本当にダメダメだったのでなおさら納得いっていなかった笑)。その大会で日本ユース代表は優勝して同年8月の世界ユース出場を獲得したので、なんとか世界ユースでは西田くんに頑張ってほしいと思っていたが、世界ユースではベンチからも外されてしまった。さらにその後の春高三重県予選で海星高校は敗退し、インターハイからの連続での全国大会出場はならなかった。本人としてはとても悔しかったと思う。しかしこれらの出来事が若き侍の闘志に火をつけ、彼を大学進学ではなく高卒Vリーガーという挑戦的な選択に至らせた。そして同期が春高バレーで活躍しているさなか、ひとりVリーグ、ジェイテクトスティングスで爆発した。その活躍が評価され、また長年代表オポジットとして君臨していた清水を怪我で欠いていたこともあり、ユース代表にも落選した選手は一気にシニア代表の座を掴んだ。その後の代表での活躍は皆さんの知るところである。

でも本当に実力はもちろん非常に「もっている」人物だと思う。ユースでもスタメンだったら、春高に行ってたら、大学進学を選んでいたら、ジェイテクトじゃなかったら、清水が怪我していなかったら、恐らくどれかひとつでも違っていたら今の西田くんはいなかっただろう。

要は前から目をつけていた選手がめちゃくちゃすごくなって嬉しいということです笑。これからも頑張れ西田くん!!

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