コラム

海外バレー選手紹介その5 ブルーノ・レゼンデ

2020年7月5日

「ブルニーニョ」の愛称で親しまれ、世界中のバレーボールプレイヤーから尊敬を集めるブラジル代表セッター、ブルーノ・レゼンデ。キャプテンとして参加した自国開催のリオ五輪では、金メダル獲得に大きく貢献した。しかし、それまでの道のりすべてが順風満帆だったわけではなかった。

代表入りと北京オリンピック

ブルーノは、元ブラジル代表監督のベルナルド・レゼンデと元ブラジル女子代表のヴェラ・モッサの間に産まれる。正にサラブレッドであった。両親はブルーノが幼い頃に離婚したが、ブルーノ少年はその才能をメキメキと伸ばし、17歳だった2003年からブラジルのトップクラブだったフロリアノーポリスに所属し、シーズン1年目からリーグ優勝を経験する。また2005年にはブラジルジュニア代表に選ばれ、U19世界選手権で銀メダルを獲得してシニア代表への足がかりを付けた。

2006、2007年と2年連続でブラジルスーパーリーガのベストセッター賞を授賞。その後2007年のワールドリーグ優勝後に天才セッターリカルドの代表離脱のため、ブルーノはセカンドセッターとしてシニア代表へ招集されることとなった。21歳になる年だった。当時黄金期を迎えていたブラジル男子代表は、その後にもこの年にワールドカップ優勝を含む3つのタイトルとひとつの銀メダルを獲得。ブルーノも出場機会は少ないながらもチームの一員として勝利に貢献した。しかし、当時の監督が父ベルナルドであったため、「贔屓だ」というメディアの声も少なくなかった。

2008年はブルーノにとってはじめてのオリンピックイヤーとなった。その前哨戦であったこの年のワールドリーグは、地元ブラジル開催。また2003年から続く前人未到の6連覇のかかった大会でもあったが、蓋をあければ4位とメダルにすら届かなかった。そして北京オリンピック本番でも、決勝戦までは駒を進めたものの、天才セッター、ロイ・ボール率いるアメリカに破れ、アテネに続くオリンピック2連覇とはならなかった。リカルドの穴はやはり大きく、正セッターだったマルセロ、そしてブルーノも相当プレッシャーに感じていたであろう。

北京オリンピック Photo by FIVB

 

代表正セッターへ

2009年からブルーノはブラジル代表の正セッターとしてコートに立つようになった。監督が父親といえど、ブラジルスーパーリーガもベストセッター賞を2007年から3年連続で受賞しており、実力も確実についていた。またブルーノだけでなくヴィソットやルーカスなど新戦力の台頭でブラジル代表も息を吹き返した。2009年はワールドリーグ優勝を含む4つのタイトルを獲得。また翌2010年のワールドリーグと世界選手権も優勝した。世界選手権は3連覇だった。ブラジルの時代はまだまだ続くと誰もが思っていた。

しかし、翌2011年のワールドリーグは決勝でロシアに破れ2位。そしてワールドカップもかろうじてロンドン五輪の出場権は得たものの3位と2大会ぶりのオリンピック金メダルに陰りが見え始める。そして案の定、オリンピック前哨戦のワールドリーグではメダルにすら届かなかず、黄金時代の天才セッターリカルドを呼び戻して挑んだロンドン五輪本番も、決勝までは進んだがロシアに世紀の大逆転勝利を許してしまった。ブルーノのオリンピックはまたしても銀メダルに終わった。

ロンドン五輪 Photo by FIVB

 

3度目の正直

ブルーノは翌2013年から代表のキャプテンも任せれるようになる。しかし、その後もブラジル代表の苦悩は続く。2013年のグラチャンこそ優勝したものの、その後2014年までワールドリーグや世界選手権などの大会はことごどくあと一歩及ばず準優勝続きであった。かつての金メダルコレクターは、銀メダルコレクターとなっていた。一度常勝軍団になったものに、2位は許されない。だがリオ五輪のテストも兼ねた2015年のワールドリーグでは、メダルにすら届かず、リオ五輪は崖っぷちだった。

運命の2016年。この年のワールドリーグは決勝でオリンピック出場を逃していたセルビアに敗れ2位。万全ではなかった。そしてリオ五輪本番。ブルーノは全試合フル出場した。ブラジルは予選でアメリカとイタリアに敗れ、ギリギリのA組4位通過。しかしその後、準々決勝でB組1位通過だったアルゼンチンを3-1で下すと、あとは地元の声援を力に変え、準決勝・決勝とも3-0で危なげなく勝利。見度に自国開催での悲願の金メダルを獲得した。ブルーノにとっては、2大会連続で決勝で敗れ、3度目の正直でやっと掴んだ金メダルでもあった。やっと親子で掴んだオリンピックの金メダルだった。

Photo by FIVB

監督が変わった2017年以降も、ブルーノはブラジル代表のキャプテンとして、そして正セッターとしてチームを引っ張っている。ネイションズリーグは2大会続けて4位となったり、2018年世界選手権も2位となったり悔しい結果となることもあるが、2019年のワールドカップは見事に優勝を遂げた。アランやレアルなど強力な新戦力も台頭し、来年の東京オリンピックでブルーノのタクトが彼らをどう操るのか注目である。

 

セリエA

代表チームでの活躍の一方、ブルーノはクラブで2014年から大きなチャレンジをしていた。イタリア、セリエA への挑戦である。2011年にもプレーオフ期間のみの短期レンタル移籍はあったが、正式に国外リーグでプレーするのは初めてだった。その国外最初のチームとなったのはモデナ。2016/17シーズンに1度ブラジルに戻るも、2017/18シーズンまでモデナに在籍し、ヌガペトとともにチームを牽引。2014年には石川祐希ともチームメイトだった。ブルーノが在籍中、チームはリーグ優勝1回、コッパイタリア優勝2回、スーパーコッパ制覇1回など好成績を収めた。またブルーノは、モデナでもキャプテンを任されるなど、その人間性から異国の地でもチームメイトやファンの信頼が厚かった。

Photo by CEV

2018/19シーズンから同じセリエAのルーベに移籍した。ここでもユアントレーナ、シモン、レアルといった強力アタッカー陣を巧みに操り、リーグ優勝、コッパイタリア優勝、欧州チャンピオンズリーグ優勝、世界クラブ選手権優勝など主要タイトルをほぼ総なめにした。2020/21シーズンからはブラジルに戻り、タウバテのクラブでプレー予定である。

 

ナンバーワンセッター

ブルーノは、ボールコントロールや巧みな配球などセッターとしての技術もちろん高い。特に長年代表でプレーしているルーカスとのコンビネーションはいつも見ていてワクワクする。しかし、彼の一番の武器はその人間性にあると思う。どのチームでもキャプテンを任される抜群のリーダーシップ、そしてチームに流れを引き寄せる勝者のメンタリティだ。デチェッコやトニウッティなど、彼より技術的に勝る選手は多いかもしれない。しかし、彼の人間性はオンリーワンだ。だからこそ彼はナンバーワンだ。

Photo by FIVB

あと以前インタビューさせてもらったときの対応もめちゃくちゃ良かったことも付け加えておく(笑)。コッパ・イタリア男子ファイナルゲームレポート チヴィタノーヴァvsトレント

 

 

ブルーノ・レゼンデ(Bruno Rezende)

1986年7月2日生(34歳)
ブラジル、リオデジャネイロ出身
身長:190㎝
体重:76㎏
最高到達点:323㎝
ポジション:セッター
背番号:1(代表)

所属クラブ
2003-12 フロリアノーポリス
2012-14 RJXリオデジャネイロ
2014-16 モデナ(イタリア)
2016-17 SESIサンパウロ
2017-18 モデナ(イタリア)
2018-20 ルーベ(イタリア)
2020-       タウバテ

代表歴
2007-

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